龍理事長の歯科ブログ

医学的な錯覚と自己暗示 歯科医院受診の背中押します!龍理事長の歯科ブログ 番外編

今日は歯のお話から少し離れます。

精神的な学問として、僕の知識、考え方をお話しますね。

錯覚と自己暗示。これが感情を支配していると僕は考えてます。

今日はその1回目、歯の話ではなく、わかりやすく恋愛論。

感情の多くは自己暗示に似ています。

人を強く思うこと。

それは良いこともあれば悪いこともあります。

人を好きになることは、良いことといえます。

人を恨む、ねたむことは悪いことといえます。

人が暗示にかかるときは、何かのきっかけがあります。

たとえば、人を愛するということは、言葉で表現することが難しいことです。

たとえば、彼氏、彼女のいない方に好みのタイプを聞くと、よく、かっこいい人とか、優しい人とか、お金持ちとか。。。

お金持ちは別として。。。

かっこいいとか、やさしいとか。

これって、一人ひとり、尺度が違いますよね?

というか、かっこいい、やさしいにはあまりにも多くの意味が含まれすぎていますよね。

ちょっとロジックで表現していくと。。。

ひとめぼれの対義語ってなんでしょうか?

ひとめぼれの反対の言葉。

出会ったときに良い印象を持ってそれが好きという感情であれば、それがひとめぼれだとします。

出会ったときに悪い印象をもって、それが嫌いという感情であれば。。。

それは生理的に会わないかな?(笑)

では、最初には好きという感情ではなくて、何度か会ううちに好きになることはなんていうのでしょうか???

普通の恋愛?(笑)

でも、恋愛って、ロジックじゃないですよね?

つまり、感情であるとすると、それは暗示にかかるきっかけと言える気がします。

そして、それはコントロール出来るようで出来ないものではないでしょうか?

人を好きになることはすばらしいことだし、愛は献身だと思うと、そのきっかけは何であれ正義であると思います。

ひとめぼれはありだと思います。感情の変化を与える自己暗示としては抜群のトリガーです(笑)。

ただ、そのあと、「あちゃー。まちがえちゃった!」と思うリスクはあるかもね(笑)

でも、それも感情の変化を与えるトリガーによるもの。

ひとめぼれした後、暴走せずにゆっくりと片思いを楽しむ余裕があると、たぶん「あちゃー」は避けられると思います(笑)

いずれにせよ、恋は「するもの」ではなく、「落ちるもの」です。

「落ちた」時には盲目。

すべて「あり」になってしまうと思いますが。。。。

次回はこの錯覚と自己暗示の応用編、素敵な歯医者の選び方を久しぶりにお話しますね!